移動日2日目。 この日はジャン・アレジの生まれ故郷プロバンス地方は「アヴィニオン」までひたすら南下(約400km)の移動だが、高速道路の案内板に吸い寄せられるように道草を繰り返し、さながらローマ帝国時代の遺跡廻りの一日となった。 道草1つ目は、アヴィニオンまであと20kmということろにある「オランジュ」。高速道路の案内板の(・・・romaine)の文字を見つけて、 (これはローマ遺跡に違いない!) と直感。すぐさまガイドブックを見てみれば、古代劇場と凱旋門があるという。 (これは、降りなければ.....。) 早速、ナビを凱旋門に合わせオランジュへ。 小さな小さな田舎町、オランジュに入ると、あっという間に「凱旋門」にたどり着いた。 残念ながら今回はベール越しの対面となったこの凱旋門は、紀元前49年、カエサルのガレリア戦勝利を讃えて造られたもので、1900年後のパリの凱旋門(1800年代)に影響を与えたそうだ。(ナポレオンがカエサルに習って造らせた....とも。) 記念撮影をしたら、ほど近くにある、この街もう1つの遺跡「古代劇場」へ。 ヨーロッパで一番保存状態の良いと言われる紀元前1世紀末、アウグストゥス帝時代の野外劇場。凱旋門同様、気が遠くなるほどの時代物にもかかわらず、舞台背後に美しい壁が完全な形として残る貴重な遺跡。ガイドに従って観客席を上り、劇場全体をくまなく見学した後、最上階から見える街の眺めも美しかった。 そして2つ目の道草はオランジュからブドウ畑を眺めながら走ること20km、巨大な水道橋「ポン・デュ・ギャール」。 紀元前19年頃建造の長さ275m、高さ49m、3階建てアーチ型の水道橋。とにかく大きい(橋を渡る人々の姿は遠目では見えないほど)。石材の大きな物では6トンの重量があるそうで、ローマ人の建築技術の高さにまずは唖然とした。 そして、500年物間毎日2万平方メートルも放水していたという橋の一番上の水路を見るために脇の道を上る。 残念ながら、現在は水路後だけで当時の技術を垣間見る事が出来る物は残っていなかったけれど、(景色は2000年前も同じだったのだろうなぁ....)などとローマの歴史を思いながら、最後に1層目の橋を渡って、道草を締めくくってアヴィニオンへと向かうことにした。
移動日初日。 この日はアムスから、霧中のベルギー・ルクセンブルグを700km下ってフランス入り。 (体力自慢のテンもさすがにお疲れ気味)ブルゴーニュ地方はディジョンにて宿を取った。 ディジョンと言えば、「ワイン」「マスタード」と「ビルヌーブ(もちろん父の方)とアルヌーのドックファイトがあった1979年フランスGPの地」。 サーキットは次回のお楽しみ...とし、チェックインを済ませると、街の中心にあるブルゴーニュ地方の料理には欠かせない「マスタード」の老舗「MAILLE」へと向かった。 アムスのスーパーでもお馴染みの「MAILLE」。 (マスタードだけでこんなにあるの!?)と驚きの品数とパーティーの手みやげを求める客数に圧倒されつつ、いくつかお土産を調達して店を出る頃には、さすがカトリックの国のクリスマスイブ、街の店という店は閉店時間となり、街行く人々の波はケーキやシャンパン等をを抱えて家路や教会に向かい、あっという間に人気が無くなっていた。
冬はじっとしていよう.....そう思っていたのですが(やっぱり)年末年始も南下してきました。^^ 今回の最終目的地は、’ミラノ’。 しかしながら、冬、最短距離のドイツ-スイス経由でイタリア入りする勇気がなく、今回のルートはアルプスを避け、フランス、コートダジュール経由という大回りのルートを選択することにした。ベルギー・ルクセンブルグ・フランス・イタリアと夏に比べると一見随分シンプルなツーリズモ・インテルナッツィオナーレのようだが、出発してみれば寄りたい所ばかり......結局大げさな走行距離に.....。
今日はクリスマスイブ、現地人の皆さんは既にクリスマス休暇中。 昨日は買い物する人々で街中ごったがえしていたけれど、 明日になったら全ての店が閉まって、あちらこちらの窓明かりから 家族や友人達とパーティーをしている人々の姿がみえるだろう。 そんなロマンチックな景色を後に、私はまた南下してきます。 今回の走行距離予想は3500km。珍道中のご報告は年明けです!
東風吹かば にほひおこせよ 梅の花 主なしとて 春を忘るな (菅原道真公が京を出立される際、紅梅殿の梅に別れを惜しんで詠じられたもので、公を偲び、一夜にして京より太宰府まで飛来されたとされる ご神木「飛梅」由来の歌ということは何方もご存じのこと。) そもそも道真公とは縁遠い私だが、何故かこの歌がふと口をついて出た理由は..... 日本の家のお隣さんから、「(我が家の庭に1本佇む)山もみじの紅葉が見事だ....」と今年も写メールが届いたからだ。私はこの木が赤く色づくのを見ることなく去年こちらに来た。そんなことからお気遣いを頂いて、遥か彼方の我が家の「もみじ」がここまで飛んできたかのような幸せを味わえた。(感謝感謝) そんな日本の穏やかな師走に負けないくらいに、こちらもこの週末冬晴れに恵まれた。 しかし......、外に出ると気温は4度。しかも朝晩はしっかりと冷え込んでいたのか、この日は漕艇場全面に薄氷がはっていた。でもこの日は「飛もみじ」のおかげで心も晴れやかに凍った水面を(冬のご馳走)と見ることが出来ました。
いつものとは趣向を変え、朝の散歩は年末の雰囲気たっぷりの街中をぶらつくことにした。 ショップの開店準備をウインドゥ越しに眺めながら、まだ観光客しか訪れていないセントラムを歩いた。 中央駅にほど近いデパートに到着するころには、多くの買い物客が訪れている時間となっていて テンと私も買い物客の波にのまれるように入店した。 ここではデパートだってテンと一緒に入店できる。 エスカレーターにはこんな表示もされている為、いつもこんな風に脇に抱えてエスカレーターに乗る。 お茶をする時間を大切にするお国柄の為か(?)このデパートの最上階にもこんなゆったりとしたスペースのカフェテリアがある。時間も時間であったため、ブランチ中の家族やカップルで一杯だったが、落ち着いた照明や広々とした空間のおかげで騒がしさはまるでない。私達も散歩で乾いた喉をここで潤すために一服することにしました。
この週末、風の強い冷たい日が続き、時折舞う粉雪が車にうっすら積もった。 防寒対策を完璧にして、晴れ間を狙って少し遅めの散歩に出発。この日は、未だ未開拓の川向こうへ。 休日、住宅街の道には車も人もほとんど見あたらないが、川沿いでは、いつもと変わらず、漕艇、釣り、サイクリングやランニングを楽しむ人々に季節を問わず出会うことができた。さすがダッチ、こんなに寒々しい景色が広がっているのにもかかわらず...である。 テンが夕方の散歩の催促をし始めた頃、風は弱まり外はこんな暖かな景色となった。 外に出ると昼より一層冷えていて、時折足元が滑ったりした。アパートの大きな窓々から漏れる暖色の灯りと、外に少しだけ積もった雪が互いを照らし、いつもは気になる暗闇もそう悪くはない...などと思わせてくれた今年の初雪でした。
外を見れば、モノクロームの世界....という日がだんだん多くなってきた。 厚い雲に覆われた灰色の空の下、日中でも薄暗く、厳しい寒さが身にしみることもあるが、そんな日でもテンと共に朝霧や雨の中を突き進めば、思いもよらない景色に出会えることも多い。 この日も季節は変わってしまったのに、名残を惜しむような、侘びた景色がそこここに残っていて、なぜか(ホッ)とした。
朝靄の中から始まったこの日の散歩。 夕べの雨で芝生の広場のあちらこちらに子供のプールのような「水たまり」が出没している。 テンと共に「水たまり」を渡り歩き、池にたどり着く頃にはすっかり靄は晴れ、霧が晴れすっきりと見渡せるようになった池には、一葉の落ち葉もなく水が満々とたたえられ、規則正しいさざ波が一面に立っていた。 毎日のダッチウエザーで歩道も芝も足下が悪い。そんな(ゆるゆる)な中、「水たまり」を求めて公園内のいくつかの広場をハシゴし、「水たまり」の中の景色を堪能しながら、この日も足元をどろんこにして家に戻りました。 PS・・・(思いの外深かったかも....と)固まる水嫌いのテン。なかなかのバランス感覚!! でしょ???
この軸をかけるにはちょっと遅いけれど、いつもの公園を歩いて目にする木々は正しく錦に似たりである。最高気温も10度以下になった当地だが、朝、気象条件がめまぐるしく変わる中、色づく葉に見守られながら歩くのは、なんとも気持ちがキリッとして清々しい。 古くから茶人達は、初霜が下り、柚が色づき、山茶花が咲き始め、息が白くなる頃に炉を開けと言い伝えてきた。 今週末は立冬。利休さんの頃の日本は、ここと同じくらいの気温だったのかなぁ・・・。などとすれ違うワンチャン達の白い息を見ながら思ったりする今日この頃です。
1年前来蘭した時は、もうすでに落葉樹には葉が残っていなかったけれど、今年は未だ紅葉が楽しめます。景色に色があるだけで、「上を見て歩こう」という気になります。不思議。^^ いつもの公園、前夜雨が降ってできた水たまりに張った薄氷(テンが乗っただけで割れるほどの未だ未だ薄い氷)、その上をサクサクと氷を割りながら私の周りをテンがちょろちょろ歩く。真っ白な芝の上を真っ直ぐ突っ切る。振り向くと私達の足跡が2本のレールのように跡を残した。この1年、私とテンは日本に居たときとは比べ物にならないほど、一緒の時間を過ごしている。 相変わらずレールのように交わることなく距離をおいての散歩だが、ちょろちょろ歩く姿や振り向いて残った足跡を見る度に心の距離はグッと縮まっている(....と、いいなぁ)と思います。^^
落ち葉の絨毯が見事にしかれたお掃除前の「歩道」。 今はどこに行ってもこんな感じなので、テンのゴマ毛は落ち葉の保護色となり、ウォーリーを探せ...ならぬ、(テンを探せ)状態。 そんなテンを伴って、夕方の散歩がてら八百屋へ。この日のお目当ては「栗」。 この時期になると、お茶の稽古で出して頂いていた「栗きんとん」。朝、立派な栗の姿を目にして以来、すっかり先生と社中の皆さんが恋しくなっていた。 大きめのところを1.5kg買い求め、家に戻り、先生から随分前にお聞きしたレシピのかすかな記憶を頼りに栗きんとんを作り、久々に自分の為にお茶を点てた。 先生の(美しくてきめが細かくてやさしい味)の「栗きんとん」とは対局の(無骨な)わたしの「栗きんとん」。私らしすぎて笑ってしまった。^^ 【ご案内】今日、10/26(日)からヨーロッパは「冬時間」。日本との時差は-8時間デス。
この日は、8時からMotoGP、9時からF1。(こんなに楽しい日曜ももう後たったの2回!!)朝からTVにかじりつきモータースポーツ三昧。 そんなわけで、いつもよりずっと遅いテンのお散歩を昼前に始めると、すぐ近所で交通規制。そういえば.....ちょっと前に靴の底をアムステルダムの地図に見立てたこんなポスターが貼ってあった^^ 沿道にたどり着くとすぐ、すぐ目の前を女子のトップ集団がカメラマンを乗せたバイクを伴って通り過ぎていく。 優しい秋の日差しの中、私達が沿道を散歩する間ずっと、市民ランナーの皆さんの流れが途切れることもなく延々と続いていた。 汗をかかない生活になって数十年。久々に「スポーツの秋」を実感した1日でした。 アムステルダム・マラソン
山育ちのテンが実家のある山を懐かしむように「カサカサ」という音をたてて歩く季節になりました。 こちらは今、街の至る所の並木道が黄色と茶色そして緑の美しいコントラストで背景を被っています。こちらに来てから日々変わり行く景色を(次はどんな景色になるんだろう)とわくわくしながら、テンと毎日の散歩をしていましたが、そんな楽しみもそろそろ尽きたようです。この街路樹の黄色の葉っぱのその後を、私達は知ってしまっています.......。が、毎日の雨風で上を見上げれば空が広く見えるようになった並木道を、明日からも私達へ元気にお散歩します!
良く晴れたこの日、テンを伴って車を飛ばし夏は多くの観光客がチーズ市目当てで訪れるという小さな街に行ってみた。 久々の晴れのためか(?)街の中心部は地元の人々で賑わっていた。その中でも一際賑わう市庁舎前。 気になって近づいてみると、警察の旗。手前にはテニスボールをいっぱい持ったやる気満々の子供達。そして向こうには、盾とヘルメットの機動隊姿のチビッ子たち。マイクのお巡りさんの合図で暴徒役の子供達は一斉にテニスボールを投げ始め、一方機動隊役のチビッ子達は指示された通りに真剣に前進と後退を繰り返す。わずか数分の「機動隊ゲーム」は大人気で、次の順番を待つ子達が長い列を作っていました。 (キャッキャ)という声が広場に響いて、かわいかったなぁ^^
曇り空のこの日、テンの大好きなルーシー『ゴールデンレドリバー、12才』と海岸へ。 長い長い海岸は人と犬が途切れず行き交っていた。遠浅の海に目をやると.....男性が歩いてる!!! (何してるんだろう??行ったり来たりしているぞ??)、一方海岸には人だかりが....。野次馬根性丸出しで輪にはいると透明のエビがたくさん。そうこうしていると、海を往復していた男性が上がってきた。 ひょっとして人力底曳き網?!!! やっぱり恐るべしデス、オランダ人!!!!!!
冷たい雨が降る季節となりました。 この日は細かい氷のような雨が降る中、いつもと違った散歩のコースを歩いた。 どこからかエンジン音が聞こえてきた。すれ違う犬たちには全く目もくれず、テンは私を引っ張ってあるガレージの入り口で止まった。しばらくしてシャッターが開いたときに撮った写真がこれ。 きっと産まれて直ぐから、大好きなお兄さんの999とM400の音を聞いて過ごしていたんだろう。 テンはバイクが大好きだ。私の記憶する限り、テンはバイクの音で尻尾を振ってお出迎えすることがあっても、吠えたりすることはなかった。週末「安松のジジとババのところに行くよ」というと自分から進んでケージに入っていた。こちらに来てもバイク好きは変わらず、散歩中、信号待ち、サーキット場で、あらゆる場面でテンはバイクに興味を示す。(今日もいつものように信号待ちで尻尾フリフリしてVFRのお兄さんに「Mooi!(モーイ=かわいい)」と言われたしね。) 犬も「三つ子の魂百まで」....なのかもしれない。
この春産まれた(みにくいアヒルの子)達のもはや(醜い)とは言い難い、本来の優美な姿への順調な成長を見ながら散歩をスタート。 幼稚園らしき建物をかすめ、用を一件済まして、また公園に入る。相変わらず好奇心旺盛なテンだが、公園の中では、それを制し、「運動、運動」と体が温まる位の速度を保ち、テンは小走りで付いてきていたはずだった。。。 しかし.....現実は毎日のように「どんぐり」「栗」を収穫...いや、くわえて帰って来ていた。テンには私のペースでは遅すぎるのか(?)飼い主が下を見たり、秋の風情を感じたりする余裕もないのを見越しての仕業か(?) まったく、大した余裕である。
天気の良いこの日は散歩日和。朝も夕方も本当に良く歩き、景色を堪能した。 先月3才になったテンは馬や牛にも無反応を装うほど大人になり、「ジャンプ」の命令の後には飼い主の被写体とならなければいけないことを理解して仏頂面と決め込むようになりました。^^;
ローマで(おまじない?)と思うほど街のあちらこちらで見たマーク。 「全く同じマークをミラノのガッレリアの真ん中にあるモザイクの中に見つけたんだけど、何でローマのマークがミラノにあるの?」 と久々のイタリア語のレッスン時にローマ人のフラビオにイタリアツーリングの報告の時にミラノで撮った写真を見せながら聞いてみた。 この日もわたしの(レッスン脱線作戦)に見事に引っかかったフラビオは、ホワイトボードに「SPQR」と書き始め、ラテン語とイタリア語を並べて丁寧に説明をし始めた。 Senatus=Senato(元老院) Popolus=Popolo Que =E Romanus=Romano つまり、「元老院とローマの市民」という意味で、ローマの栄光を今に残す標語だということ、ローマ帝国の領域であった地域でこの文字が公共物に刻まれていたんだということ、またローマ時代の標語を今もローマ市の紋章に使われているため、マンホールからタクシーやバスなどの公共機関で見ることが出来るということだった。 こういう話をしたら止まらない彼は、写真の(SPQRの上にある狼の乳を吸う子供)を指さして、「これはね.....」と更に話を膨らましてくれた。 簡単に言うと、この狼に育てられている子供は、ロムルスとレムスという双子でローマの最初の王様という伝説をもとにしたもの....で、これも「SPQR」同様ローマの紋章ということらしい。 (世界史ちゃんとやっとけばよかった・・・)などという後悔はいまさらすまい! と開き直るものの、知っていれば今日の(脱線作戦)もっと引き延ばせたなぁ.....などと授業を充分脱線させたにもかかわらず、テキストを開きながら、(塩野七生さんの「ローマ人の物語」読もうかなぁ...)などと往生際の悪いことを考えていたのでした。^^
小雨の中、美しい国立公園の中にあるという美術館へ車を走らせた。 国立公園入口で公園と美術館駐車場のチケットを購入して、我々は車で公園内の美術館へと向かったが、(オランダ一の広さ)というだけあって、入口から徒歩でと言う人はほとんど無く、大人用・子供用共に充分な数が用意されている「無料レンタルの白い自転車(もちろんフットブレーキ)」にて自動車道とは別に自転車道が整備されている広大な敷地を散策する人も多い。 車窓の窓からの景色がいくつか変わった頃、濡れた緑に囲まれてしっとりとした佇まいの場所に美術館はあった。 20世紀最大の個人蔵コレクションでゴッホの豊富なコレクションとしても有名だと聞いてはいたが、ゴッホと同じ世代に生きたルノアールやモネ、ゴーギャン、ピカソ等々が惜しげもなく展示されているのには驚いた。そして写真撮影可にも..... クレラ・ミューラー美術館:http://www.kmm.nl/?lang=en
この国では観光地でもない普通の街角のタバコ屋で、多種多様のカードを目にすることができる。友達、ご近所付き合いの中で様々な節目にお祝いの言葉をカードに乗せて渡す・・・(この国の人々はそんな心遣いをする人なんだ)と私に教えてくれた友人から、ダッチ流の出産報告を頂いた。女の子の誕生を祝うピンクのデコレーションのラスクのポストカードに「コウノトリの切手」、「初めての家族写真」と「メッセージ」が添えられた一枚のカードに乗せて、彼女の(しあわせ)をお裾分けしてもらったようでうれしかった。
家にこんな手紙が届いた。全部オランダ語....... しかし、振込用紙付の手紙の内容はわたしにも瞬時にしかも「明確に」わかってしまった。 なぜならば....... (速度違反7Km/h、罰金17ユーロ) あーぁ。
日本も秋めいてきたとか、こちらはすっかり秋の景色。 この日曜はスパ・フランコルンシャンへ ベルギーに入ると電光表示でスパに向かう車に対して早くも指示が出ていた。チケットと共に予約した駐車場は「イエロー」(チケットにはナビには従わず指定の出口で下りるよう指示が明記)高速道路上で既に各駐車場の案内表示を見つけ安心して車を進めた。 スパ...といえばドイツにほど近いベルギーの山の中。スパに近づくにつれて起伏の景色と流れの早い雲が気になった。 高速出口で多少の渋滞に遭ったものの高速を下りてすぐに駐車場行きの道案内があり、そこからは渋滞することなく普段は牧草地(?)と思われる山の上の駐車場へ車を停めた。 スパウエザー対策も万全に、コースの頂上と同じくらいの山の上からオールージュ近くの入場口まで、転げ落ちるように一気に歩いて下るとそこには真冬の寂しいコースとは打って変わった華やかな世界が広がっていた。 人の流れに乗って各オフィシャルショップや飲食の屋台(ベルギーワッフルも!)シミュレーターの脇をすり抜け、天気が回復して暖かな日の下でレースを待った。 歴代チャンピオンや出場チーム、ドライバー紹介の後、ドライバーパレードが始まった。インタビューを受けたり観客に手を振ったドライバー達がトラックに乗って通り過ぎていく。オールージュを昇り始めると回復していた天気が一変、大粒の雨が降り出した。(丁度悪いときにパレードでお気の毒)と思っていると、元チャンピオンのアロンソが(天気はどう?)という質問に「いいね。こういう天気でもないと勝てないからね。みんなもマクラーレンやフェラーリばっかり勝ってたら面白くないでしょ?」とユーモアのある返事をしていて観客の笑いを誘っていた。コースを1週することには天気も回復。 (相変わらず雲の流れは速く終始この調子で、レースは終盤で天気もレースも荒れ模様になったことはご承知の通り。) そんなことで、キミが歩いてピットに戻るのを小走りしながら巨大モニターで確認して、来るときに転げ落ちるようにして下りてきた駐車場までの斜面を心臓バクバクになりながら(苦笑)小走りで一気に登りきり、16時前には高速に乗って、19時に「お泊まり保育」をお願いしていたお宅にテンを引取りにいきました。 この間、交通規制の万全なベルギー内では止まってしまうような渋滞は1度もなく、スパでのレースの歴史が至る所で生かされているのだろうと最後に実感して、人気のベルギーGP、7速全開のF1サウンドに酔いしれた1日はあっという間に終わってしました。
プジョーの街を後にしてこの日の宿をとった「ストラスブール」へと向かう。朝通った道を途中まで戻り、農地が広がるフランスの陸地をひたすら北上すればアルザスの中心地「ストラスブール」だ。 (かつてはドイツ領だった)というこの街の歴史が、未だその姿を建物や料理などに留めていことが、大都市であるのに、なぜか懐かしさを感じさせる不思議な雰囲気があるのではないのか(?)などと考えながらイル川にぐるりと囲まれた旧市街を散歩して少しだけ長くなった夜を迎えた。 翌朝、旅の最終目的地城塞都市「ルクセンブルグ」へ。 渓谷に架かる橋を渡って旧市街へと入る。さっそく目に飛び込む新市街と旧市街を結ぶ景観は見事で、特にアドルフ橋とお城のような欧州投資銀行を眺める景色が昼も夜もうつくしい。 断崖に作られた砲台とそれに続く城壁が、大国に囲まれた豊かな小国の厳しい歴史を無言で物語っているようでした。 この後、ベルギーを通って予定通り帰宅。ローマとの気温差20度、既に秋の様相の当地に、そのままローマにUターンしたくなりました^^;
7月中旬、「Racing On8月号」でプジョーのミュージアムがソショーという街にあることを知ってしまった。早々に位置を確認すると......スイスとフランスの国境辺りの街。当初の旅程からほとんどルート変更をすることなく行けることを確認していた^^ 小雨交じりのチューリッヒを後にして、スイスの北の入口バーゼルからフランスへ入った。程なく「ソショー」の文字が見え、街に近づいた頃にはソショーと共に「Musee Peugeot」の看板もありそれに従って走っていくと、あっさり到着。そこは古くからの自動車産業の街のはず...なのにとても落ち着いたフランスの小さな街だった。 ドイツともイタリアとも違った「ミュゼ・プジオ」。石畳のアプローチ、ガス灯風照明、そしてアールヌーボー調の入口.....(さすが、おフランス!小洒落てるではないか!!)アーケードをくぐってライオンの足跡の数字順にめぐっていくと、時代を象徴するゲートでその年代の車を展示していくといった見せ方で、歴史あるプジョーを巡っていくことができる。タイル張りの床の所々には皆さんの記憶に残る名車達が刻まれていた。また、ミルでも有名なプジョーだが、家電なども扱っていたという歴史を古いポスターと合わせた展示方法でとても楽しい。 モータースポーツのコーナーは思ったよりも小さなスペースだったが、ラリーカーは歴代モデルが整然と並べられていた。順路の最後には映画やTVで実際使われた車などもあた。 館内のブラッセリーからの(いい匂い)で既に昼を随分過ぎていることに気づくほどに、散策に没頭。プジョーのエスプリをほんの少しだけ垣間見て、どこまでいっても小洒落た空間を楽しみました。 Musee Peugeot: http://www.musee-peugeot.com/Front/index.aspx?numfiche=1676&langue=3&cc=36e726e4ff487fa249866d3e50c4ba89
何度も来ているはずのチューリッヒ。いつも友人に(おんぶに抱っこ)の私は、かつて一度もこの街のガイドブックを見たこともなく、数々の見所を見過ごしていたことを「あ、あの時計の教会にはシャガールのステンドグラスがあるんですよ。」と前回の訪問時に友人に言われて初めて気づいた。 それ以来、頭から離れない「シャガールのステンドグラス」を見るために今回はフラウミュンスター(聖母教会)を訪れることにした。美しいチューリッヒ湖と街をゆっくりと散歩し、テンを待たせてフラウミュンスターのドアを開けた。 ここでは写真撮影禁止、観賞に専念しようと中に入る.....あった。青緑黄の3つの帯状のステンドグラス。優しい質感と独特の存在感は、パリのオペラ・ガルニエの天井画を初めて見た時の感動が蘇る....。(しばし呆然) 見終えて(この素晴らしさをあの人にもあの人にも伝えたい・・・)とポストカード売り場でカードを手にするも、どれも納得ができなくて結局1枚のカードを買うこともなくフラウミュンスターを後にすることにした。 フラウミュンスターの扉を開けると、ミュンスター橋越しに見えるグロスミュンスター(大寺院)が眩しく輝いていた。 さあ、午後からは旧友とリヒテンシュタインへドライブだ。 1時間半ほどドライブの後、ライン川(でも川幅は「新川」並)を渡ると、周りに豊かなブドウ畑が広がるヨーロッパで4番目に小さい国「リヒテンシュタイン」の首都ファドゥーツに到着した。 リヒテンシュタイン侯のお城から見下ろすようにある、中央郵便局、美術館、市庁舎などが集中するメインストリートも車では一瞬で終わってしまうほど(1kmないんじゃないかな?)のかわいらしさだ^^ この日はテラスでゆっくりランチをして、久々のおしゃべり三昧のデートを楽しみました。
暖かい時間を過ごしたミラノを後にして、この日はチューリッヒへの移動日。 私の心のオアシスである旧友に会うために、かつて何度も何度も電車や車で行ったチューリッヒ。通過する道、山、街の名前、何もかもが見覚えのあるものでちょっとホッとする。(思っていたよりもよく覚えているものだ)などと懐かしく思いながら相変わらず美しいスイスのお山、その懐に抱かれて気持ちよく車を進めていった。 ドイツ語圏に入った頃に、「いい感じの山」や「いい感じの湖」が目に入ってちょっとアウトバーンを2度ほど下りてみた。「いい感じ」の道を進んで行くとやたらとライダーとすれ違う。(やはり.....!)いずれもガイドブックにも載っていない所だが、ザ・スイスというような見事な景色と立派な道が続く。どの国のライダー達も本当によく道を知っているなぁ。と再確認したこの日の寄り道を満喫して、宿泊地チューリッヒへと向かいました。
朝の散歩は「モンツァ」の森と決め車でへミラノを出た。F1が開催されるサーキットとしてあまりに有名だが、もともと王宮跡の大きな公園。夏の早朝、地元のみなさんの憩いの場は、アムスの公園に負けない位の広大さと緑の豊かさで散歩には最高の場所である。 この日は残念ながらサーキットの中に入るゲートが閉められていて入場は叶わなかったが、サーキット側の公園入りには散歩やジョギングする人々に混じってバイクで集まる人々も見られた。 この後はミラノに戻って友人2人と会う予定。 ヴァカンスでゴーストタウンのようになっていると知りつつもこの街に寄ってしまうのは、ただ単にこの人達に会いたいからである。 まず1人目、わがヌクヌク県出身で才色兼備のカティアはミラノで公私ともに充実した毎日を送る大和撫子。お料理上手でもてなし上手の彼女は、毎回とびきりの手料理と笑顔で迎えてくれる。しかも今回は当日山から戻ったばかり、しかも翌日は仕事・・・というタイミングだったにもかかわらずである。(毎日富士山を見て育った人はいい人ばかり)これは私の持論である。 もう1人はミラノ時代何度も助けてもらったお隣さんのピエラ。 F1やMotoGPの話題も普通の会話にでてくるごくごく普通のミラネーゼ(今回も「私達のバレンティーノがまた勝ったわ!」と喜んでいた)、50才から勉強したという英語で各国にお友達を持ち、わたしのイタリア語を理解できる希有な87才である。 元来猫好きの彼女だが、今日ばかりは犬好きに変身し、早速「私の愛しいワンチャン」とか「野獣ちゃん」とか呼びかけてはテンに話し始めていた。いつもはインテリジェンスあふれる彼女が、彼女の行くところ何処にでもついて回るテンにメロメロとなり、まるで(孫に超甘いおばあちゃん)状態へと変貌していた。持っていったビスケットは「座れ」や「伏せ」をさせて完食させてしまった上に、「本当はあげちゃいけないのよねぇ。」といいながら禁断のチョコレートを一片、二片....。 その後の様子は(まるでミルクハウスにいるようだった)と言えば、中央の子ならば容易に想像はつくであろう^^ お年寄りに対してコンパニオンアニマルの重要性は新聞記事等で見知ってはいたが、今回、想像以上のテン効果(連れて行ってよかった)。そんな様子で、楽しい時間はアッというまに過ぎ、気づけばピエラのいつもの生活パターンをすっかり乱してしまった(反省)。「また暖かくなったら帰ってくるね」と約束をし、「行ってきます」そう言ってアパートを後にしました。
この日はモナコからミラノへ上る前に、モンテカルロラリーで有名な「チュリニ峠」に寄り道。 高速から外れて道標を探しながら山道をひたすら登ってゆくと、テレビで見た事がある景色が目の前に。 ラリーカーとはほど遠い市販車でもアウトに振らないと曲がりきれないヘアピンが立て続けに出てきたり、断崖と石のガードレールに挟まれたタイトなワインディングを駆け抜けたりと、ちょっとだけWRC気分を満喫。途中路面を注意しながら見てみると、最近のドライモンテを象徴するようにブラックマークがあちこちに。 道中、地元の車とおぼしき小型車やトラックに何台か出くわしたのですが、さすがに皆さん走り慣れている(それともフランス人の血がそうさせるのか?)。女性ドライバーもかなりのペースで飛ばしていて、「コース初見+荷物満載」でなくても、ついて行けなかっただろうことは間違いない^^ とはいえ、無事「チュリニ」に到着。ラリーの写真がたくさん貼ってあったホテルのテラスで、続々と集まるライダーを(とても羨ましく)眺めながらの一服をし、お尻に根が生える前に・・・と気持ちのスイッチを切り替えて、一路ミラノへと車を進めました。
フィレンツェを後しに、この日はモナコへの移動だ。 イタリアを旅するときに気を付けないといけないことの1つは、「1/1 Capodannno 正月」、「 Pasqua 復活祭(その年により変動)」、「8/15 Ferragosto 聖母被昇天祭」 3つの祝日の過ごし方だ。キリスト教の国であるイタリアは、この日は美術館なども休館日になることも多いし、ガイドブックや店頭で「年中無休」と歌ってあるショップに至っても(CHIUSO=閉店)の張り紙の前に呆然とすることもある。 *イタリアを観光する時は十分に注意しましょう^^ この日はそんなカトリックの祝日1つ「聖母昇天祭の日」(教会や美術館で「マリア様が天に昇っていく絵」がありますよね?あれです!)、今年は当日が金曜であったため3連休、行楽地が1年で最も混雑するといわれるこの日は、何トンか(?)以上のトラックはイタリアのアウトストラーダを走れないとラジオで言っていたとおり、昨日まであんなに走っていた大型トラックを1台も見ないまま起伏に富んだトスカーナ、リグーリアの道を進む。山が間近に迫ってくる頃には左手に真っ青な「リビエラ海岸」が一気に開けてきて、街並みの景色も海辺の景色をなる。フランスとの国境を過ぎると標識はフランス語標記となり、フランスに入ったなぁと思っているとほどなく「モナコ」に到着。 眼下に広がったおとぎの国のような美しい景色の街と蒼い海をカメラにおさめたら、クルクルと曲がりくねった道を進む。あっという間にモナコのスターティンググリットに着いてしまった^^ チェックインを済ませて、部屋から外を見ると怪しい雲が出てきていたが、気持ちの良い海風を感じながら,友人イチオシのモナコ駅を目指した。 上の街からは一見してそこが駅だと分からないが、(右手の大きなマンションから左手の赤茶の建物にかけて架かっている橋の下が駐車場と駅になっている)エレベーターで14階降るとそこにはプラットフォームが....。 「一見の価値あり」と美大出身の友人の勧めであったので、カジノのようなディコラティブなものを想像していたのだが、あまりのモダンな美しさに圧倒されたしまった。そんな構内を見学しつつ、駅の入口から続く崖の間のような路地を、街灯に導かれていくと、87年中嶋さんがカペリとアリオーに当てられてコースアウトした1コーナーの教会、そして道路の向こうには(これそモナコ)というようなヨットハーバーの夜景がありました。
この日の早朝まず、(ローマの町中にあり国境もなにもないけれど)世界一小さな国家であり、あまりに有名なカトリック総本山である「ヴァチカン市国」へ。 日曜や祝日にローマ法王がお出ましになる際、人々で埋め尽くされる壮大なサンピエトロ広場にてシンボルであるミケランジェロ設計のクーポラを背景にテン、ヨーロッパ9ヶ国目記念の撮影会。石畳は冷たくて気持ちが良いらしい・・・・参拝の方々を見ながらすっかりくつろぐテンをはやし立て、ツーリング目的の一行は次の地フィレンツェへと向かう。 ローマ、フィレンツェ間は約300km。2日前のルートをただ戻るのも芸がない...ということで、中継地をオルヴィエートとした。 岩盤の丘の上に築かれた城郭都市「オルヴィエート」は、随分昔、寒い冬に電車で訪れて以来。電車で駅に到着したときにはフニコラーレ(ケーブルカー)にて街の中心である丘の上の街にいったのだが、今回は車だったため残念ながら以前のような到着の感動はなかったが、冬では見られない景色や美しい色を伴った人や物たちが、黄色のイタリアの空気に包まれてより一層美しく輝いて、最大の見所であるドゥオーモにたどり着くまでに、充分に楽しませてくれた。 冬とは全く印象の違ったオルヴィエートを後にしてこの日の宿泊地「フィレンツェ」に向かう。 ナビをフィレンツェの美しい街が一望できるミケランジェロ広場にセットし、指示通りフィレンツェ南でアウトストラーダを降りると、程なくお屋敷の塀が迫る路地のような道へと誘導された。赤信号で停まっていると、少女の乗るスクーターがスパっと気持ちよく良い距離で車の前に止まり、それからは彼女の先導でお屋敷街を抜け、目的地「ミケランジェロ広場」に到着した。 視界が一気に広がった広場で、強い太陽の光を浴びて更に輝くオレンジ色の屋根の美しい街並みを、(うっとり)見飽きるまで眺めこの日のスケジュールを終了しました。
ローマ2日目。 気温34度の炎天下、石で出来た街を共に散策する毛皮族のテンの為に、この日の稼働は未だ涼しい午前6時半。この日の起点をスペイン広場と決め、車でスペイン広場へ。 日中、美しく白い階段が雛壇のように人、人、人で埋め尽くされ「人が鈴なり」となるスペイン階段にさすが未だ7時を少し過ぎたところ、人がちらほらとしか見あたらない。早起きは三文の得である^^ イタリアの早朝はどちらでも掃除の風景がみられるが、ローマであっても同じこと、スペイン階段、トレビの泉...と本当によく働くローマ人々を横目に清々しい気分で散歩をスタート。 「ピンチョの丘」の上からサンピエトロ、サンタンジェロを望み、「ポポロ広場」に下りて、ここからvia del corsoを南下して「パンテオン」、「ヴィットリアーノ」の泉でテン は給水と体温を充分に下げてから、「フォロ・ロマーノ」を眺めながら「コロッセオ」に到着。 1年ぶりの強い日差しと気温。と約5時間の散策に、テンよりも飼い主の体力がエンプティ。コロッセオからは地下鉄でスペイン広場まで戻ることにした。 ランチの後、ホテルに戻って数時間休憩をして、元気回復したところでまたローマの街へ。 ふらふらと街を歩き回り、気がついた頃には辺りは暗くなり、短いローマの休日は終わってしまっていたのでした。
スカーナの曲がりくねった道やトンネルを抜け、ウンブリアの城郭都市を眺め、渋滞もさほど気ならず、むしろ次々と変わる景色を楽しみながら「全ての道はローマに通ず」の通り、気がつけばローマに到着。 ホテルでゆっくり休憩をとって気温が少し下がった頃、夕食へ出かけた。イタリアの8月の大都市は閑散としているのが普通だが、ローマは違った。ヴァカンスでローマに来る世界中の人々の為に、多くのレストランが店を開けてくれているのだ。この事実を実際この目で見るまでは我がイタリア語の師匠のローマ人の言葉を半ばというか、かなり疑っていた。(許せ、フラビオ!) 本当に彼の言うとおり、探すこともなくレストランやピッツェリアに行き当たる。テラス席のある街道入口のレストランに入り、迷うことなく(マルゲリータのピザ)を注文した。その美味しさを良心的な値段(4.5ユーロ)に満足、そして、下町情緒たっぷりのトラステヴェレを夕涼みがてらテンとゆっくりと散歩して、ローマ初日を締めくくることにしました。